2007年 02月 09日
#024 銭湯絵職人の仕事現場。
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これは、銭湯に描かれた富士山です。

いまどきの若い人には、銭湯の絵といってもピンとこないかもしれませんが、
東京下町生まれで銭湯育ちの私なんぞは、涙が出るくらい懐かしいです。

今回は、そんな銭湯の絵についてのお話です。




一説によると東京の銭湯は、最盛期(昭和40年代)に2,700軒ほどあったのが、
平成18年には1,000軒とちょっと。それも日々減少傾向が続いているそうです。
風呂無しの家庭を探すほうが困難な時代、銭湯の激減は当然でしょうが、
絶滅寸前の銭湯とともに、その銭湯絵を描く職人も絶滅寸前です。

一昨年のことですが、東京に3人しかいないというペンキ絵職人のひとり、
中島盛夫さんの仕事現場を取材させていただき、某企業広報誌に掲載させていただきました。

中島さんはここ数年、いろいろなイベントでペンキ絵の実演をされてますが、
実際のお風呂屋さんでの作業現場を撮影した写真は、けっこう貴重かなと・・・。
用済みとなってPCの肥やしになりつつある未発表写真がたくさんあります。
せっかくだからそのときの中島さんの作業現場をダイジェストでアップして、
この絶滅危機に瀕する日本の伝統文化を記録しておこう、と思ったわけです。
当日は実質300カットほど撮りましたが、ここでは超ダイジェスト早送りモードで・・・。

ちなみに、中島盛夫さんは昭和20年福島生まれ。
昔は毎日のように仕事の依頼があったようですが、今では年数回あるかないか。
だから中島さんは、仕事のないときは都内の某青果市場で働いています。
また近年、病院や福祉施設、店舗のシャッター、建築現場などに絵を描く依頼も増えてきたとか。
あるいは個人宅の風呂場に富士山を描いたりもするそうです。

この日の仕事現場は、世田谷区の松原湯。
小田急線と京王井の頭線が交わる明大前駅近くにある銭湯でした。



f0125111_12374584.jpg(1)さて、作業はからっぽの湯船に足場を組むことから始まります。実際の作業は、この幅30センチほどの板の上を縦横無尽に動き回ながら進められます。足元もロクに見ないでこの板の上を歩き回るなんて、それだけでもスゴイことですが、じつは足を踏み外して肋骨を折ったこともあるとか。でもそのときは作業を途中でやめるわけにはいかないので、痛みに耐えながら描き上げたとか。職人魂、入ってますね。

f0125111_1238198.jpg(2)足場を組み終えたら、次はよけいなところにペンキが付かないように目張りをしていきます。準備も作業もすべて一人でやります。まるでアスリートが本番前に体をほぐしながらウォーミングアップをするように、中島さんは黙々と準備を進めていました。浴場は少しずつ真剣勝負の場らしい空気が満ちて・・・カメラを構える側も気が引き締まる思いがしたものです。


f0125111_12381893.jpg(3)次はペンキの準備。使うペンキは赤と青、黄色、そして白と黒の5色が基本。「いまどきのペンキはすぐ乾くからいいけど、昔のは油絵の具みたいに乾きがわるかったから、冬場の依頼は少なかったよ」と中島さん。こうして作業が始まれば、この浴場は無駄口たたくのも憚れるような神聖な場と化すわけで、ここからは中島さんと私の真剣勝負・・・って感じでした(^^;)


f0125111_12383252.jpg(4)準備ができたら、いよいよ作業開始。古い絵を塗りつぶすように上から新しい絵を描いていきます。ペンキ絵は「空塗り3年」と言われ、最初はひたすら空を描くことから始まるそうです。青く塗ればいいだけから簡単そうですが、やってみると難しいらしい。なにしろ一人前に空塗りできるまでに3年かかるわけですからね。「なんだかんだで一人前になるまでに10年かかったなぁ」と中島さん。

f0125111_1243402.jpg(5)銭湯の絵のほぼ8割が富士山の絵。「なんでかなぁ。縁起担ぎもあるだろうね」ご自身も大好きと言う富士山。納得いく絵を描くため休みの日になると富士山が見える場所に通ってスケッチしたという。中島さんの頭の中にはさまざまな富士山の構図がインプットされているから、下絵など不要だ。「どんな富士山にするかは、現場に行ってから考えるんだ」中島さんはさらりと言った。


f0125111_1244047.jpg(6)銭湯のペンキ絵は時間との勝負。定休日の作業ならまだしも、営業日ともなると朝から始めて午後3時のオープンまでにすべてを終わらせなければならない。準備や養生の時間も考えると男湯女湯合わせて3〜4時間で済ませる必要があわけですからね。ところで描くときの基本は刷毛ですが、写真は中島さんが最初に使い始めたというローラーによる作業。豪快です。


f0125111_12441131.jpg(7)古い絵の上から新しい絵を重ねていく感じ。ものすごいスピードで作業が進みます。上から下へ、薄色から濃色へ。見事な刷毛さばきで見る見るうちにテクスチャーが加えられていきます。グラデーションによる遠近感もお見事。細部にまで魂を宿します。油絵の具ならともかく、これをペンキでやってしまうのがスゴイ。



f0125111_12442447.jpg(8)富士山とくれば、欠かせないのが松の木。下絵もなしに色を塗り重ねていくうちに松の木らしくなっていく。その様子はまるで魔法のようでした。もしかして刷毛に何か仕掛けでもあるんじゃないか、とさえ思ったほど。もちろん仕掛けはないです。ここまでが男湯での仕事ぶり。




f0125111_12443717.jpg(9)ここから女湯に移ります。写真では省略してますが、足場の設置や目張りなどの準備がありました。実作業も男湯のときと同様、古い絵を大まかに塗りつぶすことから始まります。高所は長い柄付きのローラーでコロコロと効率よく、ちょいと鼻歌なんぞ鳴らしながら。





f0125111_12445095.jpg(10)銭湯絵に欠かせないもう一つの要素、それは「水」です。海だったり川だったり湖だったり。「浴場をいかに広く、明るく見せるかが大事なんだ。湯船に浸かって絵を見ると、湯船の湯と描かれた水辺が一体化してね、のびのびとした気分になるでしょ」そういえば男湯は湖か入り江のような風景でした。で、女湯はどんな水辺になるのかな・・・。



f0125111_1245329.jpg(11)「今回は滝にしてみたよ」と中島さん。銭湯絵は現実の風景と架空の風景が混在しています。ご自分の生まれ故郷の風景を思い出しながら富士山と組み合わせたりして。日本人なら誰でも心の奥で描くような日本の原風景を具現化するというのが基本のようです。たしかにどの銭湯に行っても目にする絵はどこか懐かしい風景だったなぁ。



f0125111_12451645.jpg(12)麗峰富士山をとりまく雲は、タオルにペンキを染み込ませてポンポンと叩くようにして描きます。ほどよく濃淡が表現されて立体的な雲が出来上がります。これも職人の技、天晴れ。







f0125111_12453422.jpg(13)完成直後のショット。若い頃から絵を描くのが大好きで、美術教師を志した時期もあったという中島さん。しかし、油絵と違ってペンキ絵は何度も描き加えたり描き直したりしない。というか、とにかく巨大なキャンバスに一幅の絵を短時間で描き上げる必要があるからそんなヒマはありません。しかも下絵なしの一発勝負。まさに職人技の極みです。



f0125111_12454698.jpg(14)完成した全体図。銭湯絵の基本は「富士山はひとつ」であること。たとえば男湯に富士山を描いたら、女湯には描かない。「なぜって、男湯と女湯合わせて一枚の絵になるように描くことが多いからね。一枚の絵に富士山がふたつあったらヘンでしょ」でも、この銭湯ではど真ん中に富士山を描くというスペシャルバージョンになっています。



ところで、富士山が定番の銭湯絵・・・と考えて、ふと思ったのは、
もしかしたらこうしたペンキ絵が描かれた銭湯って、全国的なものではなくて、
東京や関東地方(あるいはその周辺)のローカル文化なのだろうか、ってことでした。
ま、あまり深くは考えないことにします。
とにかく、このダイナミックで繊細な伝統文化が絶滅しないことを願うばかりです。

なお、銭湯絵についてもっと詳しく知りたい方は、銭湯研究家としても知られる庶民文化研究家の町田忍さんのHPをご覧ください。銭湯に関係する書籍も多数出版されていますので。

※このとき使用したカメラはPENTAX *istD、使用レンズはFA★28-70mm F2.8(最後のカットのみDA14mm F2.8)です。


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by fct_k10d | 2007-02-09 19:34 | 非日常の風景


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