2007年 04月 18日
#060 お岩さんをめぐる冒険。
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PENTAX *istD + FA*28-70mm F2.8

新宿区左門町には、今も田宮家が守り続ける於岩稲荷田宮神社があります。

上の写真は2年ほど前に取材させていただいた際に撮った、田宮家中庭に残る井戸です。
ちょっと曰く付きの井戸っぽく見えますが、
別に「お岩さんが化けて出た井戸」というわけではありません。ただの「古い井戸」です。

それどころか、四谷怪談として有名な話は根も葉もない嘘っぱちで、
本当のお岩さんは「貞女の鑑」だったそうです。

その時の話は『本当は怖くない「東海道四谷怪談」』というタイトルで某企業の会報誌に載せたました。今回はその記事を引用してみます。




↓左門町にある於岩稲荷田宮神社です。
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PENTAX *istD + DA14mm F2.8

(↓私が当時書いた記事の原文です)
『夫に裏切られ、毒を盛られたお岩が、数々の祟りをもたらす。江戸時代の歌舞伎作家四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』はお岩の祟りを描いたフィクションだ。物語は時を超えて語り継がれ今に至る。物語では断絶したことになっている「民谷家」だが、実際の田宮家は今も実在する。
「実際のお岩さんは怪談どころか貞女の鑑でした」
 11代目宮司田宮均さんの父である禰冝栗岩英雄さんはお岩を弁護するように語った。お岩は徳川家の御家人田宮又左衛門の娘だった。お岩は最愛の夫と力を合わせ、火の車だったお家の再建に尽力して再興させた。それこそお岩の功徳であり、かつ邸内の稲荷への信仰心の賜物と評判が立ち、稲荷は江戸の人々に信仰されるようになった。お岩の死後約200年たって物語は書かれ大当たりしたが、おかげで於岩稲荷は祟りの神様になってしまった。それを嘆く一方で栗岩さんはこうも言う。
「残虐事件が多い現代。四谷怪談をもっと読んで、祟りを恐れ、道徳を大切にしないとバチが当たることも知ってほしい」
 昔も今も田宮家は立派だった。』

なお、左門町の於岩稲荷田宮神社のはす向かいにも「お岩稲荷」の幟を立てたお寺がありますが、「ウチとは縁もゆかりもないお寺です」とのことでした。このお寺については都も区も「於岩稲荷」という名では認めてないようです。
商標(?)の無断使用ですか(-_-)バチが当たりますぜ・・・。


↓ところで、於岩稲荷田宮神社は中央区新川にもあります。
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PENTAX *istD + DA14mm F2.8

こちらはホンモノですが、なぜ於岩稲荷田宮神社がふたつもあるのでしょうか。
その謎に対する答えは、資料としていただいた『田宮神社由来記』の中にありました。
ふたつの神社の関係がわかるよう、以下に抜粋してみます。

『今を去る三百数十年前、当地左門町は江戸幕府の御家人の組屋敷のあった所で、現在この神社のあります所は田宮伊右衛門と言う直参の武家の住宅のあった所でありまして、この稲荷神社は、この宅地内に代々、田宮家の邸内社(やしきがみ)としてお祭りしていたものでありましたが・・・ところが「東海道四谷怪談」の芝居を手がけては、当代随一といわれ、また、「お岩さま」を非常に信心していた初代市川左団次から、四谷まで毎度お参りに行くのは、少し遠すぎるので、ぜひ「新富座などの小屋の側にお移り願いたい。」という懇願があり、そんなことから明治十二年に起きた四谷左門町の大火で四谷の社殿が焼失してしまった時に、隅田川川畔の越前堀にあった田宮家の地内(現在の中央区新川)へ神社を移しました。こうしてできた越前堀の神社も四谷に鎮座する、於岩稲荷田宮神社と全く同体の神社であります。』


↓お岩のお墓は西巣鴨の妙行寺にあります。
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PENTAX *istD + FA*28-70mm F2.8

西巣鴨の妙行寺は田宮家の菩提寺だそうです。
妙行寺はもともと四谷鮫が橋(現在のJR信濃町駅あたり)にあったそうですが、
『明治四十二年、十八世日安上人の時に妙行寺は、お墓ごとそっくり巣鴨に移転した・・・』ということです。

by fct_k10d | 2007-04-18 12:14 | 街の風景


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